False Island

バレンタインと受験生


 ある日ある時、島のどこか。
 いつの間にか大所帯となった一行の最後尾。式村彩はロリポップを舐めながらのろのろとついていく。
 そんな少女の歩みがじれったいのか、時折白鳩が彩をせっつく。見た目はごく普通の白鳩だが、もちろん一行の仲間だ。鳥類のはずなのにやたらと風格に溢れ、人語を解するあたり只者ではないと思うのだが、今のところ彩にはそこらの鳩と同じにしか見えない。
「みんな元気だよねー……」
 と、誰にも聞こえない声で呟く。従兄の醍が帰っても、一行の賑やかさは変わらない。むしろツヅリのおかげで増している気もする。
 いつの間にか集団とかなり離れていた。ツヅリたちは立ち止まり、振り返って彩が追いつくのを待っていた。
「あ、ごめ――」
 お菓子が詰まったバッグを抱え直し、小走りに駆けようとした。
 が、足を止める。
「……彩ちゃーん」
 彼女に囁きかける声があった。気のせいだと思った。辺りを見回しても姿が見えず、そして勘のいい他の仲間たちも気付いていない。
「どうしたのー?」
「いや、何でもない」
 フェティに答え、今度こそ軽く走り出す。
 すると、声も後から追ってきた。確かに聞こえた。
「さ、彩ちゃんっ」
 しつこく呼ぶ声に振り返り、ぎょっとする。すぐ背後の木の陰から緑色の塊が覗いていた。全身を木の葉で覆った人間大の何か。それは彩の目が向いたことに気付くとにじり寄ってきた。体が重いのか、どうにも歩みが鈍い。
 また変な妖怪の類かと愛刀もとい愛鉄パイプを構える。どうにもこの島には妙な化物が多い。今更この程度では動じない。
 鈍く光る鉄パイプを見るや、緑塊は驚いたように身を震わせた。
「ま、待って!」
 ばさりと木の葉が落ちた。中から見覚えのあるセミロングの頭が現れる。
「……あんた何してんの」
 ロリポップをくわえたまま、半眼でそれを見る。木の葉の中から出てきたのは、友人の蒼凪零だった。零は髪についた葉を取りながらあのね、と口を開く。
「エレニアさんが変装したほうがいいって言ってたから……」
「何のアドバイスをしてるんだ、あのエルフは」
 彩はため息をつく。エレニアというエルフの言葉は、毒にはならないが薬にもならない。
「戻ってくるならメールくらいしてよ」
 少し咎めるような口調に零は肩を竦め、そんな暇もなくて、とかそんな弁解めいたことを口中で呟く。
 昨年末、零は入学試験のために島を離れていた。試験が終わり、合格発表までは戻ってこない予定だった。試験日程はわからないけれど、それが一日二日で終わるようなものではなく、それなりに長い期間、会えないことは明白だった。
 今、目の前にいるということは結果が出たのだろうか。
「受験、どうだった?」
「ん、まずまずかな」零がうつむいていた顔を上げる。「これから二次試験」
「まだ終わって――」
 ないんじゃない、と続けようとした彩の前に箱が差し出された。
「これ、彩ちゃんにあげたくて」
 零がぐいっと押し付けてくる。ピンクと白のリボンがかかったケーキ箱だ。
「いつもありがと。みんなで食べてね」
 ガトーショコラだよ、と友人が微笑む。そういえば女子高生には友チョコなんて習慣もあった。
「まさか手づくり?」
「うん。勉強の息抜きに作ってみた」
 あんた暇じゃないでしょ、と呆れながらも箱を受け取る。
 見れば零は似たような箱を数個持っている。彩が貰った物よりも小さいから、他は一人用なのだろう。
「他は誰にあげるのよ」
「えっとね、ザッハさんでしょ、菅原さんでしょ、」
 この友人は、出会った当初は話すことすら無理と言うくらいの男性恐怖症だった。今ではチョコレートを渡せるくらいにはマシになってきているらしい。楽しそうに指折る姿はそこら辺にいる普通の女子高生と変わらない。
「用務員……じゃなくて、フェンネルさんも。受験のお守り貰ったんだ」
「……本命は」
 彩の低い声に、笑っていた零の顔が強張る。
「あんた本命いるんでしょ。本命にあげなくて何がバレンタインよ」
「そ、それは……」
 零は語尾を濁す。および腰で彩の顔を窺う。
「……まだ好きかどうかもわかんないし」
「意識してる時点でもう本命なの。腹決めて渡してきなさい!」
「できない! そんなことできないよぉ!」
 迫る彩の剣幕に怯えて零が泣く。
「準備もしてないもん!」
「コンビニならきっとチョコ売ってるから! ほら、フェンネルさんとこ行くよ!」
「やだ! やだー!」
 木にしがみつく零と、その襟首をひっぱる彩。それまで遠巻きに眺めていた仮面の女が寄ってきた。
「ソノ木、根本から折りましょうカ?」
「OK、やっちゃって」


「――ということがあって、コンビニで材料調達して零に作らせました。おじさん、零の本命さんに渡しといてね」
 突然現れた女子高生は、そんな言葉とともにハート柄のラッピングバッグを僕に渡してきた。
 そうだよね、世の中そんなものだよね。
 女子高生からチョコレート! なんて一瞬喜んでしまった自分が情けない。真実はそんな切ないもので、しかも最愛の娘の本命チョコの配達人をやれだなんて。世の中そんなに甘くないって知ってはいたけど、何その拷問。
「……おじさんて歳じゃないんだけど」
「友達のお父さんはおじさんだよ」
 せめてもの反抗はあっさりと挫かれる。
 女子高生は飴を口に放り込み、手にした鉄パイプを肩に担いだ。やけに使い込まれた風合いの鉄パイプ。名工の手による刀よりも重厚な輝きがある。あれで殴られたら痛いんだろうなぁとぼんやり思う。この組合せをおかしく思わなくなった辺り、僕も随分とこの島に馴染んでしまったようだ。
「自分で渡せばいいのに」
「しょうがないよ。相手探してたら帰りの出航に間に合わないんだもん」
 時間ないのに島に戻って来ること自体が無謀なんだって、と彼女は怒ったように言った。本気で心配してくれるなんて、いい友人に恵まれたようでお父さんは嬉しいよ。だけどね。
「絶対渡してよ。勝手に開けたり食べたりしたら、零に全部バラすからね。でもって怖い目に合わす」
 ちょっとこの人たち怖すぎるんじゃないかな。
 女子高生は親指を立てて背後を指す。そこには薄ら笑いを浮かべる仮面の女性と、見た目は普通の女の子。それとなんか怖いオーラを出している鳩に、バケツ被った骸骨。何なんですかこの集団。僕には理解できません。零の友人と言われなければ即効逃げます。こんな人たちとお付き合いがあるなんてお父さん許しません、と言ったら殴られる気がする。正直怖い。
「……わかりました」
 少女一行の威圧感に僕は首をすくめる。なんだってまた娘の友人に脅されないといけないんだろう。
「なお、任務遂行見届け人はこちらの鳩さんデース」
 HAHAHA!とアメリカ人ライクに仮面の女性が笑って白鳩を僕の頭に載せる。何この人、怪しすぎるんですけど。
『よろしく』
「鳩が喋ったぁっ!?」
『少しでも不審な素振りを見せれば命はないと思え』
 そして僕は胡散臭い鳩に突っつかれつつ時にはビームに服を焦がされつつ、娘のチョコを配達する羽目になったのだった。





ENo.650   式村 彩
ENo.965   鬼城 勝

(ENo.順、敬称略)

False Island
書いた人:蒼凪零(439)PL