「リンリンは魔法使いになりたいの?」
白衣の悪魔ことノルくんがそんなことを無邪気に聞いてきた。
「あー、うん」
つい先日、私が「魔法使いになれるはずなのになれない」と言ったから気になったのだろう。
答えにくい質問もはっきり聞いてくるんだから、本当にこの青年は悪魔と思う。そうは言っても、もう一人の仲間――クラストさんも似たようなものだ。二人とも良く言えば素直、悪く言えば遠慮がない。もっとも、そのくらいのほうが付き合いやすいのだけど。
「なりたいわけじゃないけど、なれそうなのになれないのはどうしてなのかなと思って」
「それは気になるだろうけど、望んでないなら無理してならなくてもいいと思うよ」
僕は研究者として気になるけれど、と白衣の悪魔は付け足す。
ノルくんのそれは完全に知的好奇心だ。全ての事象を解き明かし、説明付ける。それを欲するのは研究者として正しい姿であり、私なんて及ぶべくもない高尚な欲求だ。
対する私は知識欲なんて一ミリも満たしたいとは思っていない。あるのはただ、早くこの島を出たいという気持ちだけだ。
魔法使いになりたいとは思わない。けれど、魔法が使えるようになる原理と、魔法が使えない原因は知っておかなければならないだろう。原理と原因がわかれば、私がここに派遣された目的も達せるだろうし、その分、この島からの脱出が早まる。
無理はしてないんだけどね、と答えて軽く笑ってやろうと思ったけれど、半端な笑みしか浮かばなかった。
「そもそもリンリンてさ、なんでこの島に来たの? その招待状、本当の名義はリンリンじゃないでしょ」
「まあそうなんだけど」
懐から取り出して見せたそれの表書きは私の名前ではない。かつてこの島を探索していた別の人間の物だ。
「この子の代わりに探索しろって命令受けてるだけよ」
「え……」
ノルくんの表情が凍る。
「どうしてそんなにあからさまに驚くのさ。最初から知っていたくせに」
溜息。
ノルくんの抜け目なさはこの一ヶ月ほどで充分わかっていた。招待状の名義については私も特に隠していなかったし、見てしまう機会はいくらでもあっただろう。今初めて知ったような表情をしているけれど、私が島に来た理由も薄々勘付いていたのではないかと思う。
「テレビもないネットもない電話もなかなか繋がらない。誰が好き好んでこんな島に来るかっての。私は家でネットで遊びながら酒でも飲む生活がしたいの」
「リンリンてダメな引きこもりだったんだね」
「ははは」
そして一発どついてみた。
「今はそんなことより、目の前の敵でしょ」
そう、今の私たちの前にはサザンクロスとかいう無駄にキラキラしているお貴族様が立ちはだかっている。無駄にキラキラしたサザンクロスはこれまた無駄にキラキラした兵士を従えていて、しかもその兵士の人数が多い。
本人たちは軍隊を名乗っているけれど、どこまで本気にしたらいいのか怪しいものだ。
――そうは言っても、この島に怪しくなかった人間はいないのだけれど。
「めんどうだよねー」
そう言いながら、ノルくんは自分の頭に猫耳をセットした。
この一見間の抜けたアクセサリーが、身体速度を増加させるというのだから、この島のテクノロジーは侮れない。
「さーて、いきますか」
大きく肩を回し、私は鉄パイプを握り締めた。
悩むなら目の前の問題を片付けてからにしよう。