この島の植生がヤバイという話は前もって聞いていたけれど、
「モッサァァァァ!」
まさか自律運動する草がいるとは思わなかった。
「なんなの!? なんなのあのキモいの!!」
「あれがこの島のマスコット、歩行雑草です」
キリッと擬音がしそうなくらい眼鏡を光らせてノルくんがそう言った。
猛ダッシュで走りながら。
私とノルくんとクラストさんの三人で、謎の自律植物から猛烈な勢いで逃げている。
あれは草。ノルくんが草と言うんだから草なのだろう。けれど私にはどう見ても全身緑色に塗りたくった頭のおかしいおっさんにしか見えない。分厚い唇、おっさんくさい顔、頭には草を生やし、ボディビルダーも真っ青のマッチョボディ。それを見せ付けるかのような一糸纏わぬ姿。
歩行雑草とやらは、そんな変態的な姿で私たちを更に猛烈な勢いで追いかけてくる。
「マジなんなの! 無理! 超無理!!」
「だから迎撃すればいいだろう」
涼しい顔でさらりと言うのは、私の後から来ているクラストさん。私は必死に走っているというのに、赤い髪の竜騎士は焦り一つ見せない。しかも足が長いもんだから、悠々と私を追い越していく。
足長長身クールイケメンついでに身体能力も高いとか大変腹立たしいでございます。
「だって、だって、あんなのいきなり出てきたら逃げるでしょう!」
ねぇ、逃げるよね?
茂みから突然モサモサ叫ぶ気持ち悪い推定男性が出てきたら、婦女子としては逃げるのが普通の反応だと思う。しかもこれがマスコットとか、完全にイカレてる。この島の感覚はどうにもずれているようだ。一緒に出てきた野兎のほうがまだかわいげがあるというもの。
そう言えばあの野兎、喋っていた気がする。
「逃げてばかりでは埒が明かない。落とすぞ」
そう言ってクラストさんは短剣を翻し――
――結論から言えば歩行雑草は見た目が気持ち悪いだけで、スライム以下の雑魚だった。
クラストさんもノルくんも実に慣れたもので、攻撃を繰り出す動きに無駄がない。島を構築していたハードディスクが壊れ、経験も知識も全て失われたと聞いていたけれど、身に染み付いた物までは消えていないようだ。
私だって怖くて逃げていたわけではなく、驚いて思わず逃げてしまっただけだ。まさか戦闘が怖いとかそんな生易しいことは言わない。そもそも相手が植物なら内臓もなければ血も流れないわけだし、討った後の罪悪感も半減する。
もっとも、こんな間抜けな得物で戦うとか、情けなくて涙が出そうだけれど。
動かなくなった歩行雑草に携帯端末を向け、シャッターを切る。それをクラストさんが怪訝な顔で見ていた。
「何をしている?」
「キネンシャシン」
「悪趣味だな」
「珍しいんだもん」
感度は良好。屋内にも関わらず、まずまずの写り具合だった。と言っても、この遺跡の中は、外であるかのように明るい。ふとすると中であることを忘れてしまいそうだ。
タッチパネルに指を滑らせ、撮った写真を保存した。端末を腰のケースに収めて息をつく。
走っているうちに結構な距離を移動してしまったらしい。辺りの様子が変わっていた。これまで平原が続いていたのが、随分と緑が濃くなっている。
位置を確認しようとクラストさんと二人で地図を広げていると、ノルくんの呆然とした呟きが聞こえた。しゃがみ込んで生えている植物を見ている。
「これは……」
辺り一面、韮畑だった。
誰が育てたか韮畑。それともこれだけ自然と群生するものだっただろうか韮畑。
そしてその韮畑の向こうから、
「モッサァァァァ!」
「また出たー!!」
突如現れた歩行雑草に、再び私は逃げ出した。