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父と子の往復書簡・26日目

時計 2007/11/11

From: 蒼凪零
To: 十和子さん
Subject: Re:緊急連絡
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十和子お姉さん

メールありがとうございました。
お父さんなにしてるのかと思えば、本家にいるんですね。
当主が怒ってるなんて心配。
無事に済むといいんだけれど。

今度お姉さん宛にお手紙と小荷物送りますので、お父さんに手渡してください。

私は元気です。
ちゃんと勉強もしてます。
全然できないかと思ったけど、案外両立できるものですね。
忙しいときほど能率が上がるのかな。人間って不思議。
あと二ヵ月でセンター試験です。
その時はお世話になると思いますので、よろしくお願いします。


蒼凪零


* * *
続き


「集中できない……」
 広げた赤本に顔を伏せて呟く。試験申込も済ませ、零はセンター試験と二次試験対策に追われていた。
 今は借りている部屋の中。こたつが置いてあるだけだが、部屋である分、遺跡の中よりは何倍もマシだ。遺跡探索も続けている零は、他の受験生よりも勉強に割ける時間が少ない。だからこそ今は一問でも多く問題を解き、頑張らなければならない。本番前の模試も来週で最後。そこで良い判定を出し、勢いをつけて本番に臨みたいところだ。
 なのに。
「集中できない……」
 またぼそりと呟き、頭を本に載せたまま横を向いた。
 視線の先、家具代わりのミカン箱の前に籐の手提げ籠が置いてある。その中から二色の毛糸玉がのぞいていた。一色は深い青色、もう一色はシックなボルドー。
 こたつに入ったまま体を延ばし、零は籠を引き寄せた。手を突っ込んで中を探り、毛糸玉の下敷きになっていたそれを引き出す。それは編み棒がついたままの二つのマフラーだ。勉強の合間の気晴らしにと作っていたものだが、気晴らしの割には進みが早い。青いほうはほぼ完成、ボルドーのほうも半分までできている。
 青いマフラーを広げた。こっちはわざと染めむらがある糸を使ってみた。少し太めの糸で、シンプルなゴム編でも見栄えがする。後はもう少し長さを足して、フリンジをつければ完成だ。
 このマフラーは東北の本家にいるはずの父親にと作った物だった。本格的な冬にはまだ早いが、東北地方はだいぶ冷え込んできているはずだ。出来次第、父親に送るつもりだった。
「お父さんの分はまだいいんだけど」
 あと数段でできる青いマフラーを畳み、ボルドーのほうに目を落とす。こちらは均一に染め抜かれたごく普通の毛糸を使った。それだけに出来栄えも平凡である。
「こんなでいいのかなぁ」
 プレゼントのつもりで作ったが、あまり凝っていても意識していると思われそうで恥ずかしい。だからシンプルが一番と自分に言い聞かせてはいるが、これはこれでつまらない気がした。
 しかし残念ながら零はゴム編とガーター編以外の編み方を知らない。かと言って、本を取り寄せてまで作っている時間もない。
 まだ半分もできていないボルドーのマフラーを広げた。目が飛ぶこともなく、几帳面に段が重ねてある。しばしの間、均一な段をしげしげと眺め、零はまた机に伏せた。自然、作り半端なマフラーに顔を埋める形となった。
 ふわりと爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。五月の朝の、抜けるような青空を思い出させるような香りだ。
 顔を伏せたまま籠の中を探る。摘み上げたのは葉っぱの形の布包みだ。鼻を近づけるとマフラーと同じ爽やかな香りがする。否、マフラーの香りの元はこれ。先日、フリーマーケットで買ったミントのサシェだ。布袋の中には乾燥させたミントの葉が詰まっている。
 鼻を通る爽快な香りでサシェを売っていた魔女を思い出した。魔女といっても物語に出てくるような幻想的なそれではなく、さほど歳が違わない三つ編みの少女だった。人の心を解きほぐす優しい笑顔の持ち主だ。
「あの魔女さん、編物もできるかな。聞いてみようかな」
 この香り袋も彼女の手づくりだった。自然と共に生き、自然の恩恵を最大に活かす魔女ならば手芸もお手のものだろう。なんだったら編み物だけでなく、料理やお菓子など、他にも色々教えてもらいたいところだ。
 問題は再び会えるかどうかだが、この島の探索者なら誰かしら彼女の居所を知っているだろう。まだ時間はあるから、遺跡の中なり外なりで誰かに尋ねてみよう。
 ボルドーのマフラーを丁寧に畳み、その上にサシェを置く。
「……受け取ってくれるかなぁ」
 サシェを指先でいじりながら零はぼやいた。彼女の想像の中ではその人はいま作ってるマフラーを巻いている。そして優しく微笑みかけてくれるのだ。この清々しいミントの香りと共に。
 顔が熱くなる。
「何考えてるんだろ」
 そんな零をクールダウンさせてくれたのはミントの香り。現実に戻り、緩んだ頬を軽く叩きながら引き締める。
「こんなことしてる場合じゃないよね。学生の本分は勉強、私は受験生」
 うん、と頷いてマフラーを籠に戻す。サシェは左手に持った。触るとなんとなくひんやりとしているような気がした。
 頭のスイッチ入れ換えて、気持ちも切り替えて。シャープペンを握り直し、再びノートに向かった。

 試験まであと2ヶ月。