手の中には、零から引き継いだ煤けた招待状。
これが島に入る切符。天国、あるいは地獄への鍵。
*
「ったく、あの爺ども、何を企んでいるんだ」
港近くの道端で荷物の確認をしつつ呟く。不満をこぼしたところで、この島では聞き咎める者もいない。たったそれだけのことが嬉しい。
得体の知れない場所に流された代わりに得た自由だった。
傍から見れば気持ち悪いであろう笑みを浮かべつつ、荷解きを続ける。
島に行くことが決まった途端、色々な物を押し付けられた。それはちょっとした量だったのに、私はバカ正直に全て持ってきてしまった。
二歳年下の従弟、壱哉は人の鞄に紙片の束を入れていた。表面に達筆なんだか下手なんだかわからない墨文字が書かれた物だ。
術者が使う術符なのだろう。これを使って呪いを唱えたり、破ったり、貼り付けたりすれば超常の現象を起こすことができる。マッチも使わずに火を点けるとか、嵐のような風を呼んでスカートめくってみたりとか。魔法とか魔術とか、そういう類のものだ。
蒼凪の家はそんな変態の巣窟だった。昔の風習と、自分たちの持つ技術を頑なに守ってきた。
けれど、そんな一族に生まれたはずの私は人並外れた術なんて使えない。お偉いクソ爺からすればみそっかすだろう。もっとも、ここしばらくの数世代は私みたいなのがザラにいるんだけど。
使えない術符は捨ててしまおうと一旦取り出した。が、鞄に戻す。野営時の火おこしに使えるかと思い直した。
もう一人の従兄弟、百瀬からは餞別として情報端末を貰った。貰ったというよりは、奪い取った、かな。依存が深すぎて、この手の物がないと落ち着かない。
市販のスマートフォンを改造したとかいうそれは、ケースも百瀬特製。衝撃、熱に強く、耐水性、耐塵性も備えていて、下手すると銃弾まで受け止められるという。戦場での使用にも耐えられると言っていた。どうしてそんな物を作ったのかまでは聞かなかった。百瀬のことだから、情報屋なんて仕事のためだろう。壱哉よりは使える男だけど、どうにも信用しきれない胡散臭さもある。
所見は普通だが、おそらく中のソフトも相当いじってあるはずだ。何か仕込んであるかもしれない。使えはすれど、それほど機械が得意なわけでもない私には、どこがどうなっているのか検討もつかない。
つるりとした液晶画面に指を走らせる。暗かった画面に「N.O.A.H. mobile ver.2.01 : Include A.M.R. suite」という文字が白く浮き上がり、パスワード入力のボックスが現れた。
アンテナは無し。圏外だった。
「使えねー……」
手持ちの携帯電話を開くと、こちらは一本だけ立っている。
「キャリアの差かな」
携帯電話をジャケットのポケットに、スマートフォンは腰に下げた小さなバッグに入れた。バッグはベルトでしっかり固定してある。多少激しい動きをしても邪魔になることはない。
上着は姉が昔使っていた特製のジャケット。こっちは押し付けられたに等しい。渡してきた際、姉は特殊な術式コーティングがなんとかかんとか言っていた。
流行関係ないデザインだからまだいいけれど、十年前の服とか本当はあまり着たくないものだ。
そして爺からの餞別は、ない。
言い出した張本人がこれだ。相変わらず人を人として見ていない。
一通り所持品を確認して身に着けた。
先にこの島を探索していた零からはこの島の危険性を聞いている。マナとやらで凶暴化した動植物が探索者、もとい招待客に突然襲いかかってくるのだと言う。
そう、招待状を携えた招待客を出迎えるのは、朗らかなホストでもおいしい料理でもない。従来の生命とは異なる理に縛られた“何か”だ。飢えた獣、得体の知れない生物、敵意の塊。
たとえ遺跡の外であっても、いつでも対応できるよう備えておくのが得策だろう。
「サバイバルだよなぁ。生きて帰れんのかな」
零は一見、苦労も知らなそうな普通の女の子だけど、私なんかよりもずっと術の才に秀でているという。壱哉よりも上かもしれないと姉が言っていた。実際、この島で八十日あまりを過ごしたというのだから、根性も人以上だろう。
非日常な才能を持ってるんだから、案外こういう非日常な場所にも容易に適応できるのかもしれない。
一方、私は温い日常に浸かってきた、力を持たない蒼凪の者。市井の人間同然の貧弱な腕でどこまでいけるのだろうか。
凡人は、零のような天性の者にはどうしても敵わないのだ。
ぐっと両拳を握り、天へ高く掲げて体を伸ばす。深い呼吸を繰り返し、体内に印を描くイメージ。丹田に気が満ちるのを感じ、それを身体の隅々にまで行き渡らせる。
ゆっくりとストレッチをする。特にアキレス腱はしっかりと。
半年も引きこもり同然の生活をしていたからか、さすがに身体が鈍い。あちこち節が折れるような音がする。
「やっばいなー」
ぼやきつつ、腕を回す。部屋の中でも柔軟や筋トレの真似事はしていたけれど、限界はあるらしい。
運動だけが取柄だったのに、これでは様はない。
そして、愛用の武器を手に取り――
――あれ?