「心の発見および確保、ありがとうございますッ！！とってもとっても感謝しておりますよ！えぇ！！そりゃぁもう！！」
欠片も感謝してねぇだろう、この野郎。
言い捨てて見返した先には虚空しかなかった。
不気味な兄妹を退けたと思ったら、黒マントの男が現れて慌しく去っていった。口を挟む余地もなかった。名も名乗らず、空に浮かんでいた球体を回収して手品のように消えたのだ。そして後に残されたのは、もはや死体にしか見えない、気絶しているのであろう兄妹二人だけだった。
この島は実に慌しい。皆何かに追われて行動しているように見える。そして素性もよくわからない人間が何人も現れ、何故か攻撃を仕掛けては去っていく。
理由は語られず、ただ事象だけが起こっていく。
どうにも自分以外の人間が主人公の舞台で踊らされているような気がしてならない。行間を読めということなのかもしれないが、この遺跡を探索しているだけでは情報量が少ない。なのに招待客とやらの正確な数は把握できないし、登場人物だけは多すぎるくらいいる。
ロールプレイングゲームの中の村人は、きっとこんな気分なのだろう。
構えていた武器はそのままに、三十数える。兄弟がもう動かないことを確認して、ようやくそこで息をついた。記録、と思って腰に下げた携帯端末に手を伸ばし、思い直す。人と同じ容姿の者の惨めな姿を撮るのは躊躇われた。
骨を晒してまでもマナとやらを求めた青年。人でないものになりかけてまで兄との幸せを求めた少女。二人はすでに正気を失っていたようだった。正気を失って何かを得ても、それは本当の幸せなのだろうか。
背筋を冷たい汗が降りていった。
ここまで人を狂わせる何かがこの島にある。それは、青年が口にしていたマナなのだろうか。
この島の気にあてられると人は狂う。
掌を見つめる。魔法も魔術もからっきしなのに、手から酒が出るようになった。私の身体がそういう風に変質してしまった。原因は未だ不明だが、仲間たちによるとマナの影響である可能性があるという。
今の私は元の私ではない。いずれ、この兄妹のようになってしまうのだろうか。
そして、
「ノルくんとクラストさんも？」
見た目には何も変わっていない仲間たち。程度の差こそあれ、彼らもマナの影響を受けているのはないのだろうか。
掌が汗で湿っている。
もしも侵食が一気に進み、仲間がこの兄妹のように変容してしまったら、私はどうするのだろう。あの恐ろしいほど理性的な人々が狂気に捕らわれ、襲い掛かってきたら。
嫌な想像が脳裏を巡る。正気を失い、人としての姿も失い、あの弓が、杖が、こちらに向けられたら。
ならば討つしかない。
蒼凪の家はそういう家だ。
太古より魔を退け、護国に務めた術者の家系。たとえ術力が薄かろうとも、私はそれに連なる血の者なのだ。
そう自分に言い聞かせ、手が震えていることに気が付いた。
本当にできるのか？ ここまで共に歩んで来た仲間を手にかけることが。
壱哉はどうなのだろう。
二歳下の従弟を思い浮かべる。蒼凪の直系に生まれ、当主となる運命を背負い、私とは比べ物にならないほど膨大な力をその身に有する青年。
彼には一人、零という娘がいる。彼女は蒼凪ではないのに蒼凪の精霊を操ることができ、またこの島で父親を凌ぐほどの力を手に入れかけた。実に――異質な存在。
零がこの兄妹のように変容してしまったら、彼もまた討つのだろうか。蒼凪の者として。
蒼凪の、者として。
そんな日は来ない。
そう楽観的に思いたくても、可能性の種はある。動かしようのない現実が目の前にある。
「そんなことは絶対ないから」
呟く声が震えている。
「でも、念のため」
兄妹を撮影する指も震えていた。
この日、初めて自分の意思で記録をとった。