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Day05 -interlude

続き
「魔術、ね」
 呟いて両掌を握り、また開く。親指から順番に折っていき、今度は握り拳を親指から順に開いていく。
 幼い頃に教えられたおまじない。やればこの世の違和感を見ることができると祖父は言っていた。
 二つ年下の従弟の壱哉は一往復やって、何もない宙を見つめていた。祖父は満足そうに頷いて、壱哉の頭を撫でる。
 その頃既に中学生だった姉も子供の遊びに付き合って、五回目で“何か”を見た。
 でも、どんなに繰り返しても私にだけは見えなかった。泣きながら祖父に訴え、返ってきたのは冷たい眼差しだけだった。
 あの日からだ。蒼凪の敷居を跨ぐことを拒否したのは。
 祖父は“持っている”壱哉や姉には優しい。けれど“持っていない”私には目線もくれなかった。どうして姉たちと同等に扱ってくれないのか。どうして私だけ差別されるのか。努力では埋められない溝を理解できずに当時は散々泣いたけれど、今となってはそれで良かったのだと思う。“持っていない”からこそ、“普通”でいられた。
 壱哉や姉たちと“同じ”がいいのに“持っていない”ことに泣き喚く私に、姉は「ならば体を使え」とスポーツの道を示してくれた。結果、そちらではまずまずの成績を残すことができ、私自身も満足している。
 そして、空っぽではないけれど微弱すぎて反応するには足りていないとわかったのは、初めておまじないをしてから何年か経ってのことだった。
 本当に“持っていない”人間だったら、自由に人生を歩めた。少なくとも、祖父に軟禁されたり、こんな島に飛ばされたりはしなかったはずだ。
 ひとつ溜息をつき、また手を閉じて、開く。
 今、同じおまじないをしてもやはり私には何も見えない。ただ指の筋肉がほぐれるだけだ。
 昔々だったら、私程度の人間は価値無しと判断されて放置されていただろうに。こんな私でも駆り出すのだから、祖父もそれなりに焦りがあるのだろう。なすがままにしておけばいいのに。古い人間は時の流れに取り残されやすい。現実を受け入れがたいのだ。
 しかし、その古い人間にいいように使われている私も、ある意味古い体制側なのだろう。
 自嘲して、拳を握り直す。
 今度はおまじないではなく、たしかな力を込めて。

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