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Day31 -interlude

 送ったメールが無事届いたと電話があった。
続き

『一ヶ月経ったが、調子はどうだ?』
「まずまずかな。悪くはない」
『魔法使いにはなれたか?』
「は?」
『俺の予測では、そろそろお前も魔術が使えるようになる頃なのだが』
「そうなの?」
『ああ。零と壱哉からの話でそう推定した。その島はいわゆるマナというものが濃い。多くの生物は多少なりともその影響を受ける。個体ごとに程度は異なるが、おそらく少しずつ体内に吸収されていっているはずだ。動植物の奇形化、凶暴化もマナのせいだろう。人によっては精神も汚染されるとの報告もある。体に溜まりすぎたマナが次段階として心を侵食していったものと見ている。
 我々は精霊の存在がなければ魔術は使えないが、零は精霊無しで行使していたらしい。それもマナが濃いからだろう。加えて、離島前には相当の力をつけていたようだ。途中、離れていた期間があるとは言え、驚くべきことには変わりない。零の素質もあるが、今もその島に居続けたら島ひとつくらい破壊する力を得ていただろうな』
「長い」
 うんざりと言った私の耳に、百瀬の嘲笑が聞こえた。人を馬鹿にした笑い方はこいつの癖だ。それが不愉快で最初はよく喧嘩していたものの、慣れると割とどうでもよくなった。
『ああ、お前には何も期待していない。要するに、その島にいると勝手に力が増大するってことだ。0には何をかけても0のままだが、お前にも一応力がないわけではないからな』
「別になんともないよ。相変わらず、手からビームとか出せないし」
『異様に体の調子がいいとか』
「それもない。いつも通り」
『ふむ……』
 しばしの間。
『いくら微弱とは言え、お前の精霊に影響が出ないのもおかしい』
「そういうもん?」
『俺も経験者だからな。俺の精霊だって元は実体がないほど微弱だった』
「ああ、その話は前に聞いたわ」
『お前、よっぽど鈍いんだな』
「うるさい」
『この件については玖路さんか万里に聞いておく。せいぜい精神汚染されないように気をつけておけ』
 そして通話は一方的に切られた。


「――という話を従兄弟にされたんだけど」
「へー」
 と、赤毛の青年、クラストさん。それだけ言ってどこかへ行ってしまった。
「それで?」
 と、眼鏡の悪魔、ノルくん。
「二人とも興味なさそうだね」
「だって、実際魔術とか使ってるのは僕とクラストさんだし」
 そう言ってこちらを扇ぐ手には手鏡が握られている。男が持つには違和感がある代物だが、もちろんただの鏡ではない。黄金色に煌く鏡面にはわずかに曇りが見える。
 私にすらはっきりと見える穢れだ。いまや神道の術すら扱うノルくんが察していないわけがない。それにも関わらず、眼鏡の悪魔は平気な顔で手鏡を振り回している。
「ノルくんは何か知らない?」
「僕の専門は物理だから全然わかんない」
 自称ただの物理学者が魔術を使うのだから、まったくこの島はどうかしている。
「役に立たないな」
「ロクな料理作れないリンリンよりは役に立ってるよ」
 こういう減らず口にももう慣れた。何しろ一ヶ月も一緒に行動しているのだ。
「ところでその猫耳は?」
 ノルくんの頭上にぴょこんと飛び出た二つの耳。ピンと立ったその形はまさしく猫の耳。
「二人とも猫耳付けてて羨ましかったから僕も付けた」
「好きで付けてるんじゃないんだけど……」
 と言いつつ、私は自分の頭にもある猫耳の裏をかいた。
「とりあえず、その従兄弟さんとやらの予測ではリンリンも魔法が使えるようになるってことなんだよね?」
「まあ一応素養だけはあるらしい。すんごい微弱だけどね」
 両掌を握って開く。親指から順番に折っていき、今度は握り拳を親指から順に開いていく。祖父に教えられた、この世の違和感を見るおまじない。
「鏡」
 眼鏡の悪魔は手鏡を私に向けてくる。右隅辺りに黒い靄が見えるけれど、ただのくすみに見えないこともない。
 見えたままを説明して、
「ノルくんには何が見えるの?」
 逆に聞く。
 鏡をこちらに向けたまま、えーと、とコトバを濁して不自然に視線を逸らす。
「いい。聞かないほうがいい気がした」
 この世には“知らなければ幸せ”の類が多すぎる。
 そして私自身は知りたいとも思わない。そういう世界の特異点をどうにかするのは私の仕事ではない。

 そう思っていた。
 その時は、まだ。

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