「おい、リン。ハロウィンは仮装する日なんだよな?」
ちょっと不機嫌そうなクラストさんの声。
「そうだよ。何か問題でも?」
「何故性別が変わってるんだ」
内股になり、両腕で必死に前を覆っている。それでもふくよかな胸とあらわになった腿は隠しきれず、艶やかなラインをこちらに見せていた。
いつもより丸くなった面立ちを赤く染めて必死に抗議してくるクラストさん。
どこからどう見ても女優級の美女である。
「だってさー、ただ女装するだけじゃつまんないじゃん? 面白い薬もらったからついでに使っちゃった」
と言って私は小さな瓶を振って見せた。透明な瓶底には薄く黒い液体が残っていたが、こぼれることはなかった。
「そんな怪しい薬を……!」
「そのうち戻るよ。気にしない気にしない」
ケラケラ笑うと、クラストさんが掴みかからんと腕を伸ばしてきた。しかし、慣れないタイトドレスとヒールの靴では思うように動けない。バランスを崩してその場に膝をつく。
「美人ですよ、クラストさん」
含むように笑った私を、涙目で睨みつけてくる。いつもやられっぱなしだからちょっと気持ちがいい。
「ノルクはどうした?」
「ノルくんは……」
言いかけたところで、「リンリーン! クラストさーん」と明るい声が割ってきた。そして黒い影が私たちの間に割り込む。
「じゃーん! どう、似合ってる?」
左手は腰に、右手は頭に。しなをつくってばっちりポーズを決めた影はノルくんだった。クラストさんほどではないが、やはり胸周りが露出した魔女のようなコスチュームだ。もちろん体付きは女の物になっていた。
「ねーねー、どう? 僕美人?」
この理系メガネ、ノリノリである。その姿を見たクラストさん、外れんばかりに大顎を開けている。
「恥ずかしがらずにこのくらい吹っ切れないと楽しめないよー? ねー」
「ねー」
私とノルくんでハイタッチ。
呆気にとられたクラストさんが現実を受け入れ、立ち上がったのはそれから小一時間経ってからだった。