独りでいるのは平気だった。
幼い頃から留守番していたせいか、独りになることには慣れていた。寂しいと思うことはあっても、身を引きちぎられるほどの苦痛を感じたこともない。これまで出会ってきた仲間と道を分かつ時も、彼等に対する惜別の念はあっても、それから先、一人で歩むことに不安はなかった。
普通の少女でありながら、普通ではない家庭事情。孤独に慣れ、一人でいることも厭わない。
だから人といることが苦手かと言えばそういうこともなく、彼女はごく普通に健全な人間関係を築いていた。そもそも、集団が煩わしいのなら学校などには行っていられない。友達と過ごす賑やかな一時もまた、彼女にとっては大切な時間だった。
だけど、父親以外の男性と二人でいることには慣れていなかった。
「……」
遺跡の地下にそびえる巨大な樹木群。そのひとつの幹の後ろに隠れ、こっそりと仲間の少年の背中を見やる。
たしか歳は一つ下。黒髪黒目黒い学生服と黒尽くめだが、持ち前の気質が彼の印象を明るくしている。決して、光の精霊力を操るからというだけではない。
かなり人懐っこく、また穏やかな性格でもある。時折変なことを口走っているものの、特に害はないから愛嬌で済ませられる。
なのに、零はどうしても面と向かって話すことができない。せめてお互い表情が見える距離まで近付こうと思っても、体がそこまで行ってくれない。羞恥と恐怖とお父さんごめんなさい感が入り混じって、足を止めてしまうのだ。
彼と出会ってからだいぶ経つものの、きちんと正面向いて話したことはなかったはずだ。
「ゼロさん?」
唐突に彼が振り返り、目が合った。零は思わず幹の後ろに顔を隠す。
「そろそろ出てきてくれませんか。この辺りの空気が不穏で、イヤな予感がする」
半分呆れた口調だ。咄嗟に「ごめんなさい」と呟くが、声が小さすぎて少年には届かない。
「あの、コルトさん、は?」
もう一人、得体の知れない風貌の仲間がいた。つい先程まで三人で行動していたが、今は姿が見当たらない。
「別の人と組んでます。もう先に行きましたよ」
少年は腕を組み、零を待っている。しかし零はどうしても大樹の後ろから出ることができない。二人きりという状況を嫌でも意識してしまう。傍に行って話す。たったそれだけのことができないのはどうしてだろうか。
「……男として認めてくれるのは嬉しいんですけどね、ゼロさんは好きな人いるんでしょう? だったらその人以外は男と思わなければいいじゃないですか。お父さんだってそうなんだろうから」
「う……」
好きな人と言われて何故か一人の青年が思い浮かぶ。長身で、見上げないと顔が見えない。けれどその見上げる行為自体が照れくさく、やはり彼ともきちんと顔を合わせたことがなかった。
黒いシルエットに広い背中。一番印象に残っているのはそんな姿。
意識しているとは自覚していなかったが、こういう時に思い出してしまうということは、そういうことなのだろうか。にわかに顔が熱くなる。こんな顔は見せられない。ますます樹の陰から出て行けなくなる。
「ゼロさーん?」
少年が一歩近付いてきた。
「ご、ごめんなさいっ」
零も一歩下がる。
一歩近付く。
一歩下がる。
近付く。
下がる。
一向に二人の距離が縮まらない。
「……他の仲間から離れていってる気がする」
ぼやく少年の呆れ顔に零は再び「ごめんなさい」と謝った。
その二人の足元には、飴玉が落ちていて――