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父と子の往復書簡・49日目

時計 2008/08/07

 一寸先は、闇。

 森の中を縫う一本道。遠くから流れてくる海風にざわめく木々。
 見上げた天は、黒い枝葉の間に覆われている。

 月もなく、星もなく。
 純粋な黒。
 先に伸ばした手は見えなくなる。

 以前にもこんな闇に包まれたことがある。
 記憶にはないが、身体が覚えている。

 噛み締めた奥歯を緩めると、情に掛けた閂も抜け落ちてしまいそうだ。

 魂が震えている。
 両腕両脚が戦慄く。

「ゼロゼロぉ~? どうしたぁ~?」
 間延びした声に意識を引かれ、彼女は手元を見下ろす。
 不思議と身体の小刻みな震えも止まった。
 腕の中には、空の僅かな光を映す、紅い紅い瞳。
「早くみんなのところに行こうよぉお!」
 触り心地の良い柔らかな腕が、彼女の胸を叩く。

 そう。今はもう、一人じゃない。

 隣にはいつも誰かがいた。
 心配性の父親がいて、
 姉代わりの女性がいて、
 学校の同級生がいて、
 いつも陽気な人間じゃない友達がいて、
 マイペースな親友がいて、
 頼りになる仲間がいて、
 大切に想う人がいた。

 だから――

「うん、行こっか」
 そっと目尻を拭った。
 闇の中で顔が見えていないことを祈りつつ、森の出口へと急ぐ。