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父と子の往復書簡・53日目

時計 2008/09/04

 二条の電撃が小柄な肢体を絡め取った。小さな翼で宙に浮いていた天使たちは重力のままに落下。そしてまるで何もなかったかのように消え失せた。断末魔の悲鳴すらない。主を失った被召喚者は、この世界に存在するだけの基盤を失い、元の世界に返ったのだ。
 そう、消えただけだ。殺傷したのではない。
 零は胸を撫で下ろした。たとえ生きるためとは言え、生物、あるいはそれに類するものの命を奪うのは心が痛い。
 息をつくと同時に足の力が抜けた。柔らかな草が生える地面にへたり込む。特に鍛錬もしていない身体に強化系の術は堪える。特に神経強化系は反動も大きい。日頃ではありえないくらいの運動量をこなした関節が悲鳴を上げていた。
 悲鳴といえば、先ほどまで鼓膜を揺さぶっていた少女の叫びも薄れていた。たしかに人間の姿をしていたはずなのだが、今や小さな光の玉へと変貌していた。
「――」
 何か声が聞こえた気がしたものの、草原の風に流されてよく聞き取れなかった。光の玉は覚束ない動きで上空へと昇っていく。それを呆けた顔で見送る。光が青い空に吸い込まれるようにして消えた頃、零はようやく自分に二本の足があることを思い出した。
 緩慢な動きで立ち上がり、スカートについた草を払う。光り輝く少女を相手にしているうちに散乱してしまった宝玉を拾い集めた。四色の宝玉は零の手の中で穏やかに光る。少女はこれの気配を感じて襲ってきたのだろうか。
 この宝玉を七つ集めれば財宝が手に入るという。その言葉を信じて四つまで集めたはいいものの、災難に見舞われるばかりで一向に良いことがない。まるで集めれば集めるほどに不幸が増していくようだ。
 宝玉と一緒に投げ出された携帯電話も見つかった。あれだけ贅沢に術を使ったにも関わらず、幸いにして傷はない。少し操作してみたところ動作にも支障がなかった。そして携帯電話はあの戦いの最中、友人からのメールを受信していた。電化製品は雷撃で簡単に壊れてしまうと思っていたが、零の電撃の術程度では何の影響もないようだ。携帯電話もなかなか強かなものだ。
 携帯電話からぶら下がったストラップに目を留める。そこには赤と青、二色の玉が数珠繋ぎになっている。元は火と水の宝玉だったものだ。今では本来の持ち主を失い、宝玉としての力も失っている。だからこの宝玉から力を得ることはないはずなのだが。
「偶然、だよね」
 目の高さまで持ち上げて検分する。少女が襲いかかってきたその時、一瞬だけ光ったような気がしたのだ。しかし零は光の加減と割り切り、ポケットに仕舞いこんだ。
 風が零の髪を揺らす。平原には隠れるところもないはずなのに、誰の姿も見えなかった。仲間とはぐれたことを思い出し、急に心細くなる。一人には慣れているはずなのに、そんなことを思った自分が不思議でたまらない。
「心配してるかな」
 そして零は近くにいるはずの仲間を探して歩き出す。
 それほど遠くない空に、無骨な岩山の尾根が見えていた。