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父と子の往復書簡・61日目

時計 2008/10/31

 どうしよう

 このてでは

 メールうつのがせいいっぱい


 そこまで打って、一息つく。
 いつもよりも小柄な体。
 いつもよりも簡略された体。
 布と綿で作られた手では、携帯電話を持つことすら難しい。
 困ったな、と小首をかしげる零。
 頭の上の長い耳が揺れる。

 されど、メールを完成させたところで誰に送ろうというのか。
 この花畑は遺跡内でも奥深くにあるのだろうか。
 待受画面の右上には「圏外」の表示。
 大切な人たちとの繋がりを絶たれたようで、心細い。

 そこに、

「ゼロゼロぉー!」

 思い切り良く、

「トリックオアトリートだよぉおん!!」

 柔らかい物体が、零の後頭部にぶち当たった。

 今の体は頭が大きく、手足が細い。
 ということは、

「きゃあああ!」

 見事にバランスを崩し、零は前のめりに倒れこんだ。

「今年もお菓子ちょうだぁあい!」

 背中の上で黒い影が跳ねる。
 仰向けに寝転がり、小さな体躯を受け止めた。
 赤い宝石のような目がこちらを見つめている。

「今日はぁ、ゼロゼロもぬいぐるみぃい!」

 赤い瞳はいつもより大きい。
 零の体が小さくなっているため、相対的に大きく見えているだけ。

 ぬいぐるみを追って迷い込んだ花畑。
 うたた寝から目覚めてみれば、自分がぬいぐるみになっていた。

「これってザッハくんのいたずら?」
「はろうぃーんだからだよぉお!」

 陽気な声が返してきたのは、答えになっているようなそうでないような言葉。

「見てみてぇえ。きれいだよぉお!」

 ぬいぐるみは零の隣に寝転がる。
 二人で見上げた空はすでに夕暮れ。
 群青と茜が混じる空に、薄く刷いたような雲。
 陽は沈み、あとは月を待つばかり。

 いつもより空が広い。
 いつもより空が高い。

 大地を背に、雄大な空を受け止める。

「暗くなったらぁあ、お菓子もらいに行こうねぇえ!!」

 空を映す宝石の瞳。
 赤に交じり合う、青と黒。

 明日になったら解けてしまうぬいぐるみの魔法。
 これは夢? それとも現実?
 今年のハロウィンは少しだけ変わった日のようだ。

 こんなにきれいな物が見られるのならば、
 毎年あってもいいかもしれない。
 内心でそう呟きつつ、零は携帯電話の電源を切った。