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Day5 /Killy

 提案は唐突だった。
「ここからはしばらく二人一組で行動します」
「は?」
 同行の男からの宣言に魔女は眉根を寄せた。端正な顔が凶悪に歪む。相談もなしに突然告げられれば、誰でもこういう表情をするはずだ。
 しかし男はそんな魔女の不満の声など意に介さず、鬼のような面構えにも臆することなく、のんびりとした口調で話を続ける。この男はいつもそうだ。全て自分のペースで動き、人の調子を狂わせる。
「平坦な旅程ではありますが、安全策を取るということで」
「は?」
 安全策、と言われても理解しがたい。つい先ほどハムスターを退治するという依頼を終え、後は一直線に街へ向かうだけだ。低い山をひとつ越えると砂漠の向こうに街が見える。その砂漠も半日とかからず渡れるくらい狭いものだ。
 なのに、パーティーを分ける必要があるのだろうか。
「で、私たちは夫婦で行動します」
「ああ、そういうこと」
 二人の時間が欲しい。そういうことなのだろう。
 男は妻を伴ってこの世界へやってきた。世界の危機がどうの復元がどうのという話は知っているはずなのだが、どうにも旅行気分が抜けていない。「おのぼりさん」としか思えないたびたびの発言には、先行きが思いやられることもあった。
 そんな男のペースに少々疲れを覚えていた魔女にとって、パーティー分割の提案は悪い話ではなかった。四六時中一緒にいるよりは、時折距離を置いたほうが人間関係も円滑にいくものだ。
 もっとも、このタイミングというのは解せないわけではない。さっさと踏破して街で休めばいくらでも二人きりにしてやるというのに。
「お邪魔虫は消えろってことね。わかったわ」
 大袈裟に溜息をついてやる。
「いえ、そういうわけでは」
 少し顔を赤らめた男に指を突き付け、黙らせる。
「それで、私はどうすればいいのかしら?」
「キリイさんはあちらの方と」
 男が指差したそこには――

 犬。
 角が生えた、犬。

 青と白の豊かな毛並みで、ユニコーンのごとく額から見事な角が生えている。狼かとも思ったが、どうにも緊張感に欠ける顔は平和に慣れきった飼い犬のそれである。
 魔女は眉間に指を押し当て、これ見よがしに溜息をついた。
「このとけた顔の犬と?」
「犬じゃないよ。魔獣だよ」
 少年のような声で犬が喋った。しかし獣が人語を話したところで驚くような魔女ではない。何しろこの世界ではタワシが意思を持って飛んでくるのだ。無機物でそれなのだがら、動物が人と変わらぬ知性を持っていても不思議ではない。
「犬じゃない」
「魔獣だよ」
「犬以外の何だって言うのよ」
「魔獣」
「好きな食べ物は?」
「骨付き肉」
「自分は犬と認めたほうが楽よ?」
「魔獣」
「じゃあ私の狗におなり」
「お断りします」
「犬の分際で私に歯向かう気? 特製の首輪付けるわよ、この犬っころ!」
「魔獣だってば!」
 魔女と自称魔獣は押し問答を繰り返す。「後は二人でごゆっくり」と囁いて男は去って行ったが、魔女も獣もそれに気付いた様子はない。

 この一人と一頭の間に大猪が割って入ってくるのは、この後すぐのことである。