Entry

Day17 /Killy

 この世界は多少は面白味もあったが、やはりどことなく退屈であることには変わらなかった。
 動き出す植物も、巨大化した動物も、黄泉から還ってきた死者も、一時の退屈しのぎにはなったが、屠ればまたすぐに暇になる。
 この世界は平和だった。
 危機が迫っていると聞いてはいたが、魔女にとってはまったくの平和に見えた。来訪までは地獄や魔界のような混沌とした世界を想像していたのだ。街で暴れまくる林檎など、脱力するような光景だった。巨大化したハムスターも見慣れてしまえばかわいいものだ。
「面白いことないかしら」
 忘れかけていた口癖が、再び口をついて出るようになっていた。

 そんな折、酒場である男の噂を聞いた。酔いが回っていたら聞き逃してしまいそうなほどに平凡で、つまらない男の話だった。極端に色素が薄いという以外には特徴もない、有象無象が闊歩する世界においては珍しいくらい没個性の男。
 その男はこの世界ではなく、もう一つの分割世界、掃き溜めである否定の地にいるという。
 ああ、と魔女は口を歪めて笑う。
 あの男はそんなところに堕とされてしまったのか。

 いつもならば進む道の片隅に転がっていた小石のことなど忘れてしまっていただろう。だが。
 元の主を思い出しているのか、紫色の目が疼く。
「またあれで遊べたらいいわね」

 グラスと金をカウンターに置いて魔女は酒場を出たが、彼女が立ち去ったことに気付いた者はいなかった。