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Day2 /Jack

 その男は名を持たなかった。

 名前のない人間などいないだろうと言うと、奪われてしまってない、と答えた。
 名前がないのは不便だろうと問うと、ならばお前がつけてくれ、と答えた。
 大切にしていた名前を失って初めて、それがただの識別記号に過ぎなかったと気付かされた。
 男は痩せた首を擦りながらそう言った。

 名無しのジャック。

 掃き溜めの世界には名無しのモノなんていくらでもいる。
 
 せめてお前だと識別できるような物はないか。
 そう問うと、これならばどうだろう、と男はボロボロのシャツをまくり上げた。
 そこには引っ掻いたような傷跡が二本並んでいた。
 消えない傷だと言った。どんな医療もどんな魔法もこの傷だけは消せなかった。

 イレブン。

 問答を見ていた客の誰かが言った。たしかに数字の十一に似ている。
 男はそれを聞くと口の端を歪めて笑い、何も言わず店の外へ出て行った。

 それ以降、男の姿を見ることはなかった。