一寸先は、闇。
森の中を縫う一本道。遠くから流れてくる海風にざわめく木々。
見上げた天は、黒い枝葉の間に覆われている。
月もなく、星もなく。
純粋な黒。
先に伸ばした手は見えなくなる。
以前にもこんな闇に包まれたことがある。
記憶にはないが、身体が覚えている。
噛み締めた奥歯を緩めると、情に掛けた閂も抜け落ちてしまいそうだ。
魂が震えている。
両腕両脚が戦慄く。
「ゼロゼロぉ~? どうしたぁ~?」
間延びした声に意識を引かれ、彼女は手元を見下ろす。
不思議と身体の小刻みな震えも止まった。
腕の中には、空の僅かな光を映す、紅い紅い瞳。
「早くみんなのところに行こうよぉお!」
触り心地の良い柔らかな腕が、彼女の胸を叩く。
そう。今はもう、一人じゃない。
隣にはいつも誰かがいた。
心配性の父親がいて、
姉代わりの女性がいて、
学校の同級生がいて、
いつも陽気な人間じゃない友達がいて、
マイペースな親友がいて、
頼りになる仲間がいて、
大切に想う人がいた。
だから――
「うん、行こっか」
そっと目尻を拭った。
闇の中で顔が見えていないことを祈りつつ、森の出口へと急ぐ。