探索の合間の短い休憩時間のことだ。零は床にしゃがみこみ、何やら手仕事をしていた。
いつもは砂漠や草原といった、屋内なのに何故か明るい場所を探索しているが、今日はたまたま遺跡らしい薄暗い回廊にいた。
膝の上には光を発するカード状の板を載せている。明かり代わりとして仲間から借りたカードだ。薄い光に目を凝らすと、紙製のカードの表面に仲間の名前が印字してある。デスクライトほど明るくもないが、手元を照らすには充分だった。もっとも、それが正しい使い道とは思っていないが、光るカードの他の用途など知らない。
その仄明るい光の中で零は繕い物をしていた。慣れた手付きで黄色の小さな巾着の底を縫い合わせている。
ずっと懐に入れていた物だったが、つい昨日、破れていることに気が付いた。
表に出していなければ刃物も持ち歩いていないのに突然裂けるなど不思議であったが、少女は自分を守ってくれたのだと思っている。今では内容も思い出せないけれど、後味の悪い悪夢を見たという感覚は残っている。その悪夢を吸い出してくれたのがこのお守りだと零は信じていた。
手作りの物には作り手の想いが宿ると言う。これをくれた人は零の身を案じて作ってくれたに違いない。元は受験のお守りで、受験も終わった今となってはあやかる機会もないと思っていたが、なかなかどうして神様も懐が深い。
零はもう一つお守りを持っている。携帯ストラップに下げたそれは本当はお守りではないのだが、常に持ち歩いていると守られているような気がしていた。
「これでいいかな」
糸を始末し、紐を持って目の前に下げてみる。微かに漢方の匂いが香る。また大切に懐に入れる。小さな巾着は少しだけ温かいような気がした。そのことが嬉しくて零は小さく笑みを浮かべる。
「あの」
と、少し離れたところにいるカードの持ち主に声をかける。
「これ、ありがとうございました」
言って、カードを振って見せる。本来なら手渡してお礼を言うべきなのだが、そんな勇気はない。近付くだけで動悸が激しくなる。
「ああ、そこに置いておいてください」
持ち主の青年も心得たもので、そんな言葉を返してきた。
「あの、それ」
上げた腕を零が指差す。青年が学生服の袖を見るとボタンが取れかけていた。
「つけましょうか?」
「じゃあよろしくお願いします」
青年が投げて寄越した学生服を受け止める。広げてみると随分と大きい。その広さにある人を思い出し、零は頬を染める。
「どうした。惚れたか」
別の青年がからかうように声をかけてきた。零はこの皇帝の風格を持つ青年を苦手としていたが、
「あ、それは絶対ないです」
この時ばかりは男性恐怖症とは思えないほどきっぱりとした声で答えた。