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父と子の往復書簡・59日目

時計 2008/10/16

 八角に置いた八卦の陣。天と地を返し、兵と烈を入れ換えて破が生じる。そこにもう一掛け八卦を載せて積算することで増幅。破の起源は波に通じ、現界に押し出せば衝撃と化して敵へと襲い掛かる。
 奏でるように式を紡ぎ、机上の空論を現に重ね合わせる。
 空間を震わす術式をまともに喰らい、蜃気楼のごとく揺らめいていた人型が霧散した。
 息を吐いてまとめあげていた式を散らす。指先に挟んだ術符が崩れて風に掠われていった。
 しかしそれで終わりではない。彼女は息を吸うと同時に再び陣を描く。思考の中に展開した図はこれまでと同じようで少しだけ違う。二重写しになった八角の陣は、始めから兵と烈の配置が入れ代わっていた。より効率を求めた形に変えて描く。
 これまで難しかったはずの術式展開も変換も自在にできる。精度も高い。
 理が現実となる。
 波が生まれる。

 胸が、灼けるように、熱い。

「壱哉さんに報告必要かな」
 彼女の様子を見ていた学ランの青年は、蜃気楼の妖精の攻撃を受け流しつつそんなことを呟いた。
「報告?」
 傍らの魔術師風の青年が繰り返す。彼がマントを翻すと放射状の炎が蜃気楼を焼いた。
「ええ。ゼロさんの調子が良すぎるようなら教えてくれと言われているんです」
「普通は逆じゃないか?」
 蜃気楼は身を焼かれることはないが、急激に上昇した気温に輪郭が霞む。
「僕もそう思うんですけどね。僕たちにはわからない事情があるんでしょう」
 炎をくぐり抜けた一体が、学ランの青年に体ごとぶつかってくる。掴み所のない一撃をいなし、背骨と思われる部位に肘を叩き込んだ。手応えはまったくないが、妖精の姿が一瞬薄くなる。
「壱哉さん――ゼロさんのお父さんが言ってました。『僕たちは精霊を介して術を使う。それはとても曖昧で気まぐれで、いつも安定して発動できるとは限らない。表面上は理論として構築しているけれど、実態はほとんど神頼み同然の技術なんだ』」
「しかしゼロには精霊の気配がしない」
「はい。そして近頃は安定して大技を連発している」
 裏拳で蜃気楼の妖精の腹を薙ぐ。拳は暖簾を払うように通り抜ける。妖精は上下で真っ二つに切り裂かれたかに見えた。しかしビデオの逆回しのように、腹はすぐに元の姿に復元される。
 妖精が口元だけを歪ませてせせら笑った。物理攻撃は無駄だとでも言うように。
 その顔面が横薙ぎの黒い衝撃波に消えた。
 蜃気楼が掻き消えた向こうに、崩れる術符を捨てる少女の姿が見えた。眉間に深い皺を刻み、胸元を掴んで肩で大きく息をついている。どこか虚ろな瞳に、二人の青年は息を飲む。
「良い兆候ではないのだろうな」
「僕たちは大助かりですけどね」

 温度のない熱が、胸を、灼く。