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父と子の往復書簡・57日目

時計 2008/10/02

 探索の合間の短い休憩時間のことだ。零は床にしゃがみこみ、何やら手仕事をしていた。
 いつもは砂漠や草原といった、屋内なのに何故か明るい場所を探索しているが、今日はたまたま遺跡らしい薄暗い回廊にいた。
 膝の上には光を発するカード状の板を載せている。明かり代わりとして仲間から借りたカードだ。薄い光に目を凝らすと、紙製のカードの表面に仲間の名前が印字してある。デスクライトほど明るくもないが、手元を照らすには充分だった。もっとも、それが正しい使い道とは思っていないが、光るカードの他の用途など知らない。
 その仄明るい光の中で零は繕い物をしていた。慣れた手付きで黄色の小さな巾着の底を縫い合わせている。
 ずっと懐に入れていた物だったが、つい昨日、破れていることに気が付いた。
 表に出していなければ刃物も持ち歩いていないのに突然裂けるなど不思議であったが、少女は自分を守ってくれたのだと思っている。今では内容も思い出せないけれど、後味の悪い悪夢を見たという感覚は残っている。その悪夢を吸い出してくれたのがこのお守りだと零は信じていた。
 手作りの物には作り手の想いが宿ると言う。これをくれた人は零の身を案じて作ってくれたに違いない。元は受験のお守りで、受験も終わった今となってはあやかる機会もないと思っていたが、なかなかどうして神様も懐が深い。
 零はもう一つお守りを持っている。携帯ストラップに下げたそれは本当はお守りではないのだが、常に持ち歩いていると守られているような気がしていた。
「これでいいかな」
 糸を始末し、紐を持って目の前に下げてみる。微かに漢方の匂いが香る。また大切に懐に入れる。小さな巾着は少しだけ温かいような気がした。そのことが嬉しくて零は小さく笑みを浮かべる。
「あの」
 と、少し離れたところにいるカードの持ち主に声をかける。
「これ、ありがとうございました」
 言って、カードを振って見せる。本来なら手渡してお礼を言うべきなのだが、そんな勇気はない。近付くだけで動悸が激しくなる。
「ああ、そこに置いておいてください」
 持ち主の青年も心得たもので、そんな言葉を返してきた。
「あの、それ」
 上げた腕を零が指差す。青年が学生服の袖を見るとボタンが取れかけていた。
「つけましょうか?」
「じゃあよろしくお願いします」
 青年が投げて寄越した学生服を受け止める。広げてみると随分と大きい。その広さにある人を思い出し、零は頬を染める。
「どうした。惚れたか」
 別の青年がからかうように声をかけてきた。零はこの皇帝の風格を持つ青年を苦手としていたが、
「あ、それは絶対ないです」
 この時ばかりは男性恐怖症とは思えないほどきっぱりとした声で答えた。

父と子の往復書簡・56日目

時計 2008/09/25

 昔のことだ。

 まだ背丈も充分でなかった頃。
 扉から覗いた先、台所で父親とその母、つまり祖母に当たる人が夕餉の支度をしていた。
 鍋をかき回す祖母の隣で、父はざるいっぱいの絹さやの下ごしらえに取りかかっていた。思い出の中の台所は茶褐色一色に変容していたけれど、鮮やかな緑だけは目に残っている。
 そう、朝に裏の畑で採ったばかりの絹さやだ。あまりにもの量に目を見張った覚えがある。父はあれを全て処理しようと言うのか。幼い目にはそれは険峻を登るより困難で、深海の底を目指すより終わりがない、途方もない作業に見えた。
 果敢に山に向かう父を手伝おうと、隠れていた扉の陰から出ようとしたところだった。
「やっぱり心配なんだよね」
 絹さやの筋を取りながら父が言う。
「あの子、変なのに目をつけられやすいから」

 あれは、何歳のことだっただろうか。

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父と子の往復書簡・55日目

時計 2008/09/19

「今、何と仰いました?」
 遺跡の外の、少し開けた広場に市が立っていた。素人商人が各自の戦利品を持ち寄って売り買いし、時には各種製品の作製請負もする場である。
 その一角、茶を飲めるスペースで零は一休みしていた。露天に椅子とテーブルを並べただけの店ではあるが、零のような探索者たちにとっては文明的な休息を取れる貴重な場であった。
 遺跡の外に出れば取引と補給に追われてなかなか忙しい。仲間たちも銘々買出しに走り、散り散りとなっていた。この市場の何処かにはいるのだろうが、人混みに紛れて姿が見えない。
「だから、明日はエドさんと一緒」
 黒目黒髪、学ラン姿の青年が零にそう告げる。出会った頃よりもまた背が伸びたように思える。それとも低いところから見上げているからそう見えるだけなのだろう。
 もっとも、そう思ったのは一瞬だけのことで、零は青年の言葉に容赦のない現実を見る。目が眩む。もう夏は過ぎたはずなのに、市場の向こうに陽炎のようなものが見えた。視界が揺れる。

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父と子の往復書簡・54日目

時計 2008/09/12

 遺跡の中には森があった。
 山があった。
 川もあったし、砂漠もあった。
 回廊が途切れたと思えば、人工物とは思えない大自然が広がっている。
 地下であるはずなのに空は明るく、外界であるかと見紛う。
 人々のおおよそが思い浮かべる遺跡の常識を覆す。
 この遺跡はあまりにも常軌を逸していた。

 だけど、この光景はさらに予想の斜め上をいっていた。

 山岳の頂上、おそらく噴火の跡であろう窪み。
 窪みの平らになったところに男が三人座っていた。
 手近な火山岩の上に腰をかけ、円座になっている。
 そしてその内一人の背後には何故か“黒板”があった。
 小中高校大学専門英語塾。学校と呼ばれるものには大抵置いてある、あの緑色の黒板である。
 その黒板には白墨でこう書いてあった。

『第29回 イディア様親衛隊定例会議』

 男達は三人とも、頭に紙袋をかぶっていた。
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父と子の往復書簡・53日目

時計 2008/09/04

 二条の電撃が小柄な肢体を絡め取った。小さな翼で宙に浮いていた天使たちは重力のままに落下。そしてまるで何もなかったかのように消え失せた。断末魔の悲鳴すらない。主を失った被召喚者は、この世界に存在するだけの基盤を失い、元の世界に返ったのだ。
 そう、消えただけだ。殺傷したのではない。
 零は胸を撫で下ろした。たとえ生きるためとは言え、生物、あるいはそれに類するものの命を奪うのは心が痛い。
 息をつくと同時に足の力が抜けた。柔らかな草が生える地面にへたり込む。特に鍛錬もしていない身体に強化系の術は堪える。特に神経強化系は反動も大きい。日頃ではありえないくらいの運動量をこなした関節が悲鳴を上げていた。
 悲鳴といえば、先ほどまで鼓膜を揺さぶっていた少女の叫びも薄れていた。たしかに人間の姿をしていたはずなのだが、今や小さな光の玉へと変貌していた。
「――」
 何か声が聞こえた気がしたものの、草原の風に流されてよく聞き取れなかった。光の玉は覚束ない動きで上空へと昇っていく。それを呆けた顔で見送る。光が青い空に吸い込まれるようにして消えた頃、零はようやく自分に二本の足があることを思い出した。
 緩慢な動きで立ち上がり、スカートについた草を払う。光り輝く少女を相手にしているうちに散乱してしまった宝玉を拾い集めた。四色の宝玉は零の手の中で穏やかに光る。少女はこれの気配を感じて襲ってきたのだろうか。
 この宝玉を七つ集めれば財宝が手に入るという。その言葉を信じて四つまで集めたはいいものの、災難に見舞われるばかりで一向に良いことがない。まるで集めれば集めるほどに不幸が増していくようだ。
 宝玉と一緒に投げ出された携帯電話も見つかった。あれだけ贅沢に術を使ったにも関わらず、幸いにして傷はない。少し操作してみたところ動作にも支障がなかった。そして携帯電話はあの戦いの最中、友人からのメールを受信していた。電化製品は雷撃で簡単に壊れてしまうと思っていたが、零の電撃の術程度では何の影響もないようだ。携帯電話もなかなか強かなものだ。
 携帯電話からぶら下がったストラップに目を留める。そこには赤と青、二色の玉が数珠繋ぎになっている。元は火と水の宝玉だったものだ。今では本来の持ち主を失い、宝玉としての力も失っている。だからこの宝玉から力を得ることはないはずなのだが。
「偶然、だよね」
 目の高さまで持ち上げて検分する。少女が襲いかかってきたその時、一瞬だけ光ったような気がしたのだ。しかし零は光の加減と割り切り、ポケットに仕舞いこんだ。
 風が零の髪を揺らす。平原には隠れるところもないはずなのに、誰の姿も見えなかった。仲間とはぐれたことを思い出し、急に心細くなる。一人には慣れているはずなのに、そんなことを思った自分が不思議でたまらない。
「心配してるかな」
 そして零は近くにいるはずの仲間を探して歩き出す。
 それほど遠くない空に、無骨な岩山の尾根が見えていた。

父と子の往復書簡・52日目

時計 2008/08/27

 電波搭はおろか、電気すら整備されている様子がない。そんな島の遺跡の中で何故携帯電話が使えるのか。その謎は未だ解明していないが、使えないよりは使えるほうがいい。零は今日も身内への定期連絡メールを書いていた。内容は大した物でもない。元気である旨と、現在の状況を書き添えるだけだ。
 メール送信完了の画面を確認し、携帯電話を閉じる。
「ゼロさーん」ハイティーンの少年の声に、一瞬身体が強張る。「行きますよー」
「は、はいっ」
 回廊の向こうから少年が零を呼んでいる。知った声とわかると安堵して、零はそちらに振り返った。学ラン姿の少年が腰に手を当てて待っている。ちょうど回廊の途切れ目で、彼の背後には明るい平原が見えた。少し涼しくなった風がコスモスらしい草花を揺らす。
 少年と道を共にしてそれなりの日数が過ぎた。最初の頃こそ人見知りと男性恐怖症で満足に喋れもしない状態で、零は常に遮蔽物の背後にいた。さすがに今となっては慣れ、壁がなくても話すまではできるようになった。距離が必要なことには変わらないけれど、零にして大きな進歩だ。返す声は多少上擦っているものの、何も言えないよりはいい。
「あの……」
 先を行く少年を留めようと手を伸ばすが、中空で止まる。何かを掴もうとした手は半端に開いたままだ。
「そ、そういえば、メイちゃんからメールが来て……」
 零は俯いて携帯電話を開く。声が小さくて聞こえるくかどうかというところだったが、少年が足を止めて振り返った気配がした。しかし顔を上げて確認できない。せめて赤面症だけでも治したい。頬が赤くなるのが恥ずかしい。ならなければ少しはまともに話せるのに。
 携帯電話を操作して、三通ほど前のメールを開いた。小さな液晶画面にひらがなと絵文字が踊っている。
「……『すがーらさんのあたまはにくあじ? パンあじ? ししょくしちゃダメ?(;ω;)』って悩んでいました」
 あれほど魔物で溢れていた回廊には何故か獣の声もなく、静寂だけがある。息遣いすら反響しそうなほどに静かだ。たっぷり呼吸一拍分置いて、深い深い溜息が聞こえた。
「……ごめんなさい、それはできない相談です」

 その二人の間に突然、光が割り込んできて――

父と子の往復書簡・51日目

時計 2008/08/21

お父さんへ

お元気ですか?
お盆も過ぎ、そろそろ夏も終わりに近付いているのではないかと思います。
季節の変わり目は体に注意してくださいね。

お手紙サボっていてごめんなさい。
十和子さんにも迷惑かけてしまったようで、本当にごめんなさい。
筆を取れるような状況じゃなくて、十和子さんへのメールもなかなかできませんでした。
えっと、こっちが忙しいとかそういうことじゃなかったんだけど、
立て続けに色んなことがあって落ち着かなかったの。
もう大丈夫だから心配しないでね。

お盆はいつものように本家に帰ったの?
私もそっちに行きたかったな。
去年一年間は受験勉強とか島の探索とかでも行けなかったんだよね。
この島での探索が終わったら一度ご挨拶に行きたいと思います。
本家のみなさんによろしくお伝えください。

ではまたお手紙します。


* * *
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父と子の往復書簡・50日目

時計 2008/08/13

From: Towako Aonagi
To: Rei Aonagi
Subject: 連絡
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零へ


元気?
忙しいかもしれないけど、壱哉に手紙書いてやって。
あんたの父親、「零から連絡がない」って
毎日毎日うちに来るからウザい。
今のまま放置しておくと、不安が募って
そっちに行ってしまうかもしれない。
私でもあれを抑えておくのには限度がある。
フルパワーで精霊使われたら誰も太刀打ちできないよ。

とにかく一筆でも一言でもいいから連絡ください。
零と私たちの平和のためにも。
よろしく。


蒼凪十和子

父と子の往復書簡・49日目

時計 2008/08/07

 一寸先は、闇。

 森の中を縫う一本道。遠くから流れてくる海風にざわめく木々。
 見上げた天は、黒い枝葉の間に覆われている。

 月もなく、星もなく。
 純粋な黒。
 先に伸ばした手は見えなくなる。

 以前にもこんな闇に包まれたことがある。
 記憶にはないが、身体が覚えている。

 噛み締めた奥歯を緩めると、情に掛けた閂も抜け落ちてしまいそうだ。

 魂が震えている。
 両腕両脚が戦慄く。

「ゼロゼロぉ~? どうしたぁ~?」
 間延びした声に意識を引かれ、彼女は手元を見下ろす。
 不思議と身体の小刻みな震えも止まった。
 腕の中には、空の僅かな光を映す、紅い紅い瞳。
「早くみんなのところに行こうよぉお!」
 触り心地の良い柔らかな腕が、彼女の胸を叩く。

 そう。今はもう、一人じゃない。

 隣にはいつも誰かがいた。
 心配性の父親がいて、
 姉代わりの女性がいて、
 学校の同級生がいて、
 いつも陽気な人間じゃない友達がいて、
 マイペースな親友がいて、
 頼りになる仲間がいて、
 大切に想う人がいた。

 だから――

「うん、行こっか」
 そっと目尻を拭った。
 闇の中で顔が見えていないことを祈りつつ、森の出口へと急ぐ。

父と子の往復書簡・48日目

時計 2008/07/31

零へ

暑い毎日が続きますがお元気ですか。
お父さんは、まあ、ほどほどに元気です。
まだ長期の仕事が見つからないので、お盆には実家に帰ろうかと考えています。
本当は帰りたくないけれど、いつまでも十和子さんの家で家政夫やってるわけにはいかないからね。
次にまとまったお金入ったら家にもエアコンつけようか。
エアコンを発明した人は素晴らしいと思います。

そちらはいかがですか。
遺跡の中も一応は屋内だから熱射病の心配もないだろうけれど、体調には充分気をつけてください。
体が弱ると心も弱るからね。
そういう時は無理はしないでゆっくり休んでください。
何かあったらお父さんに相談してください。
お父さんに言いにくいことだったら十和子さんでもいいよ。

今年もみなさんでどこかに行くならいい思い出作ってください。

追伸:
浴衣着てもいいけれど、菅原君には近付かないように。

父より

父と子の往復書簡・47日目

時計 2008/07/18

 誰の目から見てもそれと明らかであるのに、認めないのは本人だけ。
 己の気持ちに鈍感であるとか、気付いていても肯定したくないとかそういう話ではない。
 初めて抱く思いに戸惑いだけが強くあり、どうしていいかわからなかった、が正解なのだ。

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父と子の往復書簡・46日目

時計 2008/07/11

 ――島ではない何処か。

 今日は早く仕事が終わった。いつもなら常連となった店で一杯やっているところだが、この日ばかりは誰かに会いたかった。誰かに優しくしたい気分だった。家族でもいい。友達でもいい。数年来顔を見ていない古い友人に電話をしてもいいだろう。とにかく上司同僚以外と話したかった。そして今日の首尾を聞いてもらいたかった。
 本当に誰でも良かった。それこそ社食のおばちゃんでも駅員でもはてはご近所のポチまで。
 だけど今夜の彼女は弟分を選んだ。やはり明確な理由もなかった。
 手土産のケーキと自分用のビール缶を駅前で買い、夕暮れの町を歩いていく。自宅に帰るばかりであれば寂しさばかりが募っていたことだろう。けれど、誰かの家に向かうと思えば足取りが軽くなる。たとえ疲れ果てていたとしても。相手が十歳下の従弟だとしても。
 従弟の家は郊外にあるアパートの一室だ。鍵を貰っている十和子は断りなく入っても良いのだが、一応インターフォンを押した。勝手知ったるとは言えどここは人の家。最低限の礼儀は必要だ。すると、
「十和姉だよね? 鍵開いてるから入ってきて」
 いつもにこやかに出迎えてくるはずの声が、部屋の奥のほうから聞こえた。
「あんた何してんの?」
 部屋に入るなり十和子は呆気にとられた。狭いベランダで従弟の壱哉が笹竹を背負っていたのだ。
「ん、ちょっとご近所から貰ってきた」
 夕闇迫る町並みを背景に、青年が笹を背負っている姿は異様に見えないこともない。怪訝な顔をする十和子に、
「今日は七夕だよ。忙しすぎて日付も忘れちゃった?」
 壱哉は苦笑してみせた。そういえば駅前商店街を抜けてくるところで七夕飾りを見たような気もする。どことなく街が華やかに見えたのもそのせいだったかもしれない。
 壱哉は苦労してベランダに笹を括りつけると、今度は枝に飾りをつけはじめた。一つずつ折り紙で作ったらしい。鮮やかな色が夜の街と緑の笹に映える。
「そんな季節なのね」
「十和姉も書く?」
 従弟が指差した食卓の上には、短冊とペンが転がっている。その何本かは既に書き込まれていた。
 十和子は持参したビールのタブを空け、一口飲んでから短冊を手に取る。ベランダから吹き込んだ風が、右手にぶら下げたそれを揺らした。
 願いは自身と大切な人たちの健康。
 もう一枚は、愛娘の無事と幸せを願うもの。
 十和子は少しだけ微笑んで、自分用にペンを取った。

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父と子の往復書簡・45日目

時計 2008/07/02

お父さんへ

お元気ですか。
お手紙ではおひさしぶりです。
しばらく十和子さんに携帯で連絡するばかりで、しばらくお手紙を書いていませんでした。
ごめんね。

そちらはもう梅雨に入ったと思います。
こちらは遺跡の中なので、いまひとつ季節感がありません。
春になれば花が咲くし、冬になれば落ち葉が積もると思うんだけど、日本のようにはっきりとした四季ではないようです。
砂漠はいつも暑いし、山はいつでも緑だし。
人口建造物の中に砂漠や山がある時点でおかしいんだけどね。
それでも最近は少し湿っぽいかな。
水の守護者のところに向かっているからかな?

今、私はみなさんと離れて一人で行動しています。
というのも、私だけ水の宝玉を持っていないからです。
みなさんは宝玉三つ持っていて、私は二つだけなの。
一人だけリソース少なくて足手まといになるのは嫌なので、水の宝玉を取りに行くことにしました。
本当のことを言うと、一人では行動したくありません。
広くて薄暗い回廊を独りで無言で歩いていると、とても不安になります。
音楽でも聴けば気が紛れるのかもしれません。
だけど突然の襲来のことを考えると、周りの音が聞こえないのは不利です。
誰かと一緒にいればおしゃべりもできるのにね。

こんなに心細くなったのは、鬼城さんたちと別に行動することが決まった日以来です。
鬼城さんやエリカさんたちは私なら大丈夫と言って送り出してくれました。
あの日に比べれば、私も少しは戦うことに慣れたかもしれません。
だけどね、やっぱり怖いんだ。
自分の身を守るためとは言え、誰かを傷つけるって怖いことだよね。
そして、それに慣れちゃう自分はもっと怖いよね。
そんなこと言ったら他のみなさんには笑われるかもしれない。
お父さんならこの気持ち、わかってくれるかな?

ん、湿っぽい話してごめんなさい。
雨続きの中、体調を崩したりしていませんか?
夏風邪はたちが悪いので気をつけてください。
それと、変なもの食べたりしないでね。

私はもう少しで水の守護者のところに辿り着きます。
できれば話し合いで済ませたいな。
無事帰れたらまたお手紙します。

ではまた。


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父と子の往復書簡・44日目

時計 2008/06/18

 開いて閉じて、また開く。
 携帯電話の待受画面にはいつもと同じ画像が表示されるだけ。何を待っているわけでもないけれど、あまりにもの変化のなさが少しだけ寂しい。
 元より友人が多いほうではない。一日に来るメールの数などたかが知れていたが、島に来てからは驚くほど来なくなった。十和子からの定期連絡と、思い出したようにぽつぽつと来る友人からの消息伺い。それも長くは続かず、二、三度の往復で途切れる。他は皆無に等しい。
 不思議なことに、遺跡の中でもアンテナが立つ。感度はあまりよくないが、完全に圏外ではないようだ。電波塔や発電設備が見当たらないのに、どうして電話が通じるのか。何が起こっても不思議でないこの島で、いまさら気にしても仕方がないのかもしれない。同じように携帯電話を持ち込んでいる式村彩に聞いてみたら、「通じればいいんじゃない」というような返事だった。
 ――菅原さんたち、大丈夫かな。
 電話が通じるなら連絡も容易だが、あいにくと仲間の番号を知らない。そもそも、携帯電話を所持しているのかどうか聞いたこともない。仲間の少年も高校生のようだから、持っていてもおかしくはないのだが。
 ――外出た時にでも聞いてみよう。
 アンテナが一本だけの携帯電話を閉じる。閉じて、思い直してまた開き、メールを打つ。宛先は蒼凪十和子。父の従姉にあたり、零の姉代わりのような女性だ。彼女に連絡を取れば、父親の消息も大体わかる。父親は何故かメールを嫌がるので、連絡を取るとなると電話か手紙を書くしかない。気持ちはわからないでもないが、正直言って面倒な気持ちもないわけでもない。
 少し長いメールになりそうだった。壁にもたれ、両手で電話のキーを打つ。本当は遺跡の中で、立ち往生しているのはよくない。どこに何が潜み、いつ襲いかかってくるかわからないからだ。
 首から垂らしたイヤホンは音楽を流し続けている。爽やかな歌声と疾走感のあるサウンド。大音量で聴きたいが、今は外の音を遮断するわけにはいかない。
 メールを打ち終わり、携帯を左右に振ってみて、地面に向けてみて、天井にかざしてみる。アンテナが良好な場所を探して、あちらこちらに小さな機械を向けてみる。
「あ」
 辛うじて電波をつかまえ、メールを送信したところで声が漏れた。バッテリー残量を示すメーターが短くなっている。見れば、愛用のポータブルオーディオも電池残量がわずかだ。
「どうしよう」
 なくなって困るわけではないが、まったくないのも心もとない。予備の電池パックはない。雷が操れるという仲間に充電を頼んで預け、そのままになっていた。
 零の目がさまよい、床に横たわる鳥の姿を捉えた。突然襲ってきたので、思わず撃墜してしまった霊鳥だ。探索者たちがサンダーバードと呼び、その電光石火の早業を恐れている鳥である。今は零の魔術に身を打ち抜かれ、腹を天に向けて横たわっている。
 しかし、あっさり魔術に屈したとはいえそこは霊鳥。ただの鳥とは地力が違う。か細いながら息は絶えていない。たくましい体の表面に、幾筋もの細い紫電を這わせている。放っておいても死ぬことはなさそうだ。
 少しだけ考えて、
「やってみるだけやってみよ」
 携帯電話とポータブルオーディオを霊鳥の腹の上に置いてみた。

 そして少しずつ回復していくバッテリーにこっそりほくそ笑むのであった。

父と子の往復書簡・43日目

時計 2008/06/12

 ――刻まれた印は何の為?


 伸べた両掌は空。かつてそこに手を重ね合わせてくれた存在はない。二つの名を呟くが、辺りの空気はさざめくことなく静寂を守る。
 本当に、ひとり。
 羽織っている薄衣の前を合わせて顔を埋める。精霊の力で浄められた衣からは、柔らかな波動が感じ取れる。作ってくれた人の真摯な想いが伝わってくる。
 本当はひとりじゃない?

「お父さん、どうしてるかな」



「ふぇっくしょい!」
「……おっさんくさい」
「十和姉、五月蝿いです」

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父と子の往復書簡・42日目

時計 2008/06/04

 青い空、やわらかな陽光。頬を撫でる風。
 久方振りの遺跡の外だ。

 遺跡の中には森があった。平原もあった。砂漠もあれば、山もある。天井を見上げればそこには何故か青い空があり、小鳥のさえずりさえ聞こえることもあった。
 どういう仕掛けなのか、遺跡の中は屋外とまったく同じ環境にしつらえてある。
 だが、どれだけ取り繕うとも地下は地下。地下特有のどことなく淀んだ空気と湿っぽさは拭えなかった。

 ここには本物の空がある。零は大きく伸びをして、胸いっぱいに新鮮な空気を吸った。
「では一旦解散。集合は――」
 パンパンと手を叩く音に振り返り、頭の中に指示をメモする。今日一日は遺跡の外で待機。補給やら買物やらとやらなければならないことは多いが、優先事項は休息だ。
 外に出る直前に遭遇した赤毛の少女は、宝玉の守護者というだけあって手強かった。こちらも島に来た頃よりは強くなっているはずなのだが、さすがに無傷とはいかなかった。明日からのためにも傷を癒し、疲れを摂らなければならない。
 さっさと用事を済ませ、部屋に戻って寝るところなのだが。
「んー……」
 それぞれ散っていく仲間の中から一人の背中を探す。
「あの、イディアさん」
 流麗な金髪の女性を追う。イディアと呼ばれた女性は、
「どうしました?」
 振り返り、華やかな笑顔で応えた。
「その、占いとか……できます?」
 顔が熱いのが自分でもわかる。俯きがちな顔を上げようとすると、どうしても上目遣いになってしまう。そんな零をイディアは優しく見詰め、
「あら。恋占い?」
 いきなり核心を突いてきた。零の心臓が跳ね上がる。瞳孔が開いて一気に体温上昇。頭の頂点から湯気が出そうだ。
「い、いえ、その……」舌がもつれてうまく回らない。「……その通り、です」
 少しでも落ち着こう、少しでも顔を冷やそうと頬に手を当てる。相手が見知った女性だからいいものの、他の人間にはこんな顔は見せられない。
「お相手はどなたかしら」
 イディアはやはり女性として先輩だ。占いなんて数え切れないほどあるのに、恋愛事と当ててきた。零が考えていることなど簡単に見透かしてしまう。占いの相手が誰かもわかっているに違いない。
「菅原?」
 だが、彼女の口から出てきたのは違う名前だった。
「え? あ、いえ、ちが」
 思いがけない名に焦りが出る。羞恥とは違うもので頭の中がかき乱される。ここで否定しないと誤解が広がるが、慌てて否定したら嘘っぽいと思われるかもしれない。
 一つ年下の少年は頼りになる仲間だけれど、そんな対象とは思ったことがなかった。
 ――出会った時にはすでに、あの人への想いが芽生えていたから。
「そんなわけありませんわね」
 麗しい面から表情が消えた。氷の女王のごとき横顔に、零の顔も凍る。
 あっさりと切って捨てたイディアはすぐに柔和な顔に戻り、「占いの前にお茶でもいかが?」と先に立って歩き出した。

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父と子の往復書簡・41.5日目

時計 2008/06/03

いわゆる没ネタ。

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父と子の往復書簡・41日目

時計 2008/05/30

 独りでいるのは平気だった。
 幼い頃から留守番していたせいか、独りになることには慣れていた。寂しいと思うことはあっても、身を引きちぎられるほどの苦痛を感じたこともない。これまで出会ってきた仲間と道を分かつ時も、彼等に対する惜別の念はあっても、それから先、一人で歩むことに不安はなかった。
 普通の少女でありながら、普通ではない家庭事情。孤独に慣れ、一人でいることも厭わない。
 だから人といることが苦手かと言えばそういうこともなく、彼女はごく普通に健全な人間関係を築いていた。そもそも、集団が煩わしいのなら学校などには行っていられない。友達と過ごす賑やかな一時もまた、彼女にとっては大切な時間だった。

 だけど、父親以外の男性と二人でいることには慣れていなかった。

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父と子の往復書簡・40日目

時計 2008/05/23

 ――島ではない何処か。

「うーん……」
 鍋に味噌を溶きつつ壱哉は喉の奥で唸る。
「うーん……」
 煮立った葱が鍋の中で踊る。味噌を溶いた湯が泡立つ直前に火を止め、掌の上で賽の目に切った豆腐を入れる。
「それ逆。味噌を入れる前に豆腐でしょ」
 十和子は丸めた雑誌で軽く従弟の頭を叩く。
「あ、しまった」
 壱哉は我に返り、再びガスコンロに火を点けたがもう遅い。味噌汁はすでに煮立っているから、これ以上火を入れるとうまくない。慌ててまた火を止める。どうにも落ち着きがない。
「ごめん、豆腐冷たいかも」
「まったく、あんたらしくないわね。どうしたの?」
 十和子に呆れられ、壱哉は頭をかきつつ小さく言った。
「零が、ね」
「零がどうしたのよ」
「闇が濃すぎるな、と」
 それだけ言って壱哉は黙る。十和子も何も言わずに佇む。台所に沈黙が降りる。二人の脳裏に浮かぶのは、幼い子どもの身体に残った禍々しい印。思い出すだけでも鳥肌が立つ。考えただけで、内に沈めているはずの精霊が活性化する。壱哉の周囲の温度が下がり、十和子の背後から微かな風が吹く。
 口で何と言おうとも、頭では平静を保とうとしても、精霊使いの本能は常に警鐘を鳴らしている。其れが在る限り、安寧は訪れない、と。
 静寂を破ったのは十和子だ。
「仕方ないでしょう。あの子のアレはどうしたって消せなかったんだから」
 あえて明るい声で、また壱哉の頭を叩いた。
「医学的にも呪術的にもアレは無害だって保障されている。なのに、あの子が術を使えるようにしたのは何のため。普通の子だったら必要ないこと、どうして教えたりしたの」
「でも、多分僕が教えたことだけじゃ足りないよ。それに今のあの子には守護も何も憑けていない」
 主の懸念に反応し、うっすらと精霊が姿を現す。母体の守護を担う、少女の姿の使役存在は壱哉の肩を両腕で包んだ。
「出てる」
 十和子に指摘されて顔上げると、表情のない顔が壱哉を見ていた。姿が透けているので天井が見える。主の不安を映しているのか、わずかに曇っているようだ。
「こんな簡単に出してどうすんの。父親のあんたがしっかりしないとダメでしょ」
「ごめん」
 水を起源とする精霊は、壱哉の肩の上で揺らめいている。しばらく色のない顔を見つめていたが、気を取り直し、
「ついでに豆腐に火を通そう。豆腐の水分だけ温めれば味噌汁煮立たないよね」
 精霊の力を味噌汁へと注ぐ。神秘的な淡い青光が雪平鍋を包み込む。
「……使い方間違ってる」
 差し出された味見の小皿を受け取りつつ、十和子は低く呟いた。

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父と子の往復書簡・39日目

時計 2008/05/14

お父さんへ

お元気ですか。
無事日本に着きましたか?
十和子さんがお父さんに話があると言っていました。
大事な話っていってたけど、新しいお仕事のことなのかな。
早めに連絡してください。

さて、私のほうはまずまずといったところです。
まだ勘が戻っていないけれど、お父さんが使っていた道具もあるし、なんとかなると思います。
菅原さんやコルトさんもいるしね。

そういえば菅原さんの様子がおかしいです。
ぶつぶつと英文を繰り返し呟いています。
でも文法とか間違ってるの。
大丈夫かな。私の参考書、貸したほうがいいかな。
今度また参考書送ってくれる?

ではまたお手紙します。


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